橋本:治療をしながら世界を転戦して、いろいろな国を見るわけですけれど、やはりスポーツ医学先進国といわれる国の医療事情には驚かされました。
下河辺:どこの国がいちばん進んでいるのですか。やはりアメリカでしょうか。
橋本:アメリカとカナダ、それからフランス、ドイツ、イギリスといった国ですね。
下河辺:スポーツ医学先進国の様子で驚かれたのはどんなところでしょうか。
橋本:それぞれの国に、スポーツ医学研究の拠点になる場所があり、そこでは、アスリートが治療したり、検査を受けたりするので、施設はリゾート地にあることが多いんです。それをスポーツの世界だけ、一部のエリートアスリートのためだけに終わらせず、地域全体で、上手に使っているんですね。
リゾートホテルの中に医療施設を作って、「スポーツ療法、食事療法を取り入れた長期滞在型の医療を行ったり、医師と栄養士、それにシェフが連携して、味気ない病院食ではない、地元食材を使った食事を提供したり」といったことをしているんです。ホーストレッキングなどもあって、研究拠点自体が観光資源になっていて、スポーツを、日本とはまったく違う感覚で捉えているんです。
しかもそこでは、健常者と障がい者が当たり前に一緒にいる「心のバリアフリー」が実現していて、「日本もこんなふうになるにはどうしたらいいのかな。」と、選手時代から思っていました。
下河辺:先生はスケートだけでなく自転車競技もされたり、また現役選手であると同時に国会議員であったりと、それまでの日本の常識を覆す活動をされていました。
橋本:日本では、オリンピックに出るようなトップのスポーツ選手は、医師や弁護士のような職業に就いている人がとても少ないですよね。
下河辺:そうですね。
橋本:ところが、スポーツ先進国では当たり前のことなのです。私がいちばん尊敬しているアメリカのスケート選手で、エリック・ハイデンという人がいるのですが、1980年のレークプラシッド・オリンピックでスピードスケート5種目すべてで金メダルを取った人です。この人は整形外科医で、オリンピックのときは医学部を休学して出場し、終わると大学に復学して医師になったのです。そして2010年のバンクーバー・オリンピックでは、アメリカのチーム・ドクターになっています。
また、東ドイツ時代のクリスタ・ルディンクという女性選手のように、スケートと自転車の両方でオリンピックのメダルを取って、同時にドレスデンの市議会議員で、主婦で、学生で、子どもを生んで、またメダルを取ったという人もいました。そんなマルチな人たちがごろごろしているんですね。
下河辺:日本の場合は「スポーツならスポーツだけ」をやっている人が多いですね。
橋本:そうなんです。だから、「スポーツをやる人」で終わっちゃうんです。トップクラスの選手だった人にしかできない経験、そういう人にしか分からないことがあるのですが、それをスポーツ医療だとか、スポーツビジネスだとかに活かせないのです。人材が循環しないんですね。これはとてももったいないことなので、何とかならないかなと考えています。